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大阪高等裁判所 昭和43年(ラ)312号 決定 1971年10月25日

主文

原決定を次のとおり変更する。

原決定添付目録記載の株式の買取価格を一株(額面金五〇〇〇円)につき、金五五七九円と定める。

申請費用及び抗告費用はこれを二分し、その一を申請人らの、その余を被申請人の、各負担とする。

理由

本件抗告の趣旨

一、申請人ら

原決定を次のとおり変更する。

原決定添付目録記載の株式の買取価格を一株(額面金五〇〇〇円)につき金一万六二八〇円と定める。

申請費用及び抗告費用は被申請人の負担とする。

二、被申請人

原決定を取消す。

本件申請を却下する。

申請費用及び抗告費用は申請人らの負担とする。

本件抗告の理由の要旨

一、申請人ら

1  本件買取請求当時の被申請会社の株価は、被申請会社の役員及び役付従業員らで組織する旭馬会の会則九条の価格算定方法によつても、一株(額面金五〇〇〇円)当り金一万六二八〇円が相当であり、原決定の株価算定は、被申請会社が昭和三九年まで七割以上の高配当を続け、その後も業界の悪化や収益力の低下等の事情がみられないこと、被申請会社の資産の帳簿価格が市価に比べ低廉であること等からしても、不当に安価である。

2  被申請人主張2につき、申請人らが前田惣次郎らの提起した株式所有権確認訴訟において、その所有権を争わなかつたのは、本件買取請求権の行使によつて申請人らの本件株式所有権が被申請会社に移転したと考え、従つてその後被申請会社からこれを譲受けたとする前田惣次郎らに対し、右株式の所有権を争う必要を認めなかつたからにすぎない。

二、被申請人

1  本件株価の決定は、当事者の対立を前提とし、その自由に処分しうる性質のものであり、商法三四九条にいう「公正ナル価格」も、買取請求当時客観的に定まつている相当価格のことで、裁判所の裁量によつて形成されるべきものではないから、本件は非訟事件でなく、訴訟手続により公開対審の場で確定されるべきである。従つてこれに反した原決定は憲法三二条、八二条に違反する。

2  本件株式は、被申請会社の創始者である前田惣次郎とその妻シヅが第三者への譲渡を禁止し、その株主たる地位を離脱するときは返還をうける約束で申請人らに贈与したものであるから、本件買取請求により本件株式の所有権は惣次郎、シヅに復帰し、然らずとしても同人らは右約束違反等を理由に前記贈与契約を解除したから、本件株式は申請人らの所有に属するものではない。なお被申請会社では、昭和四〇年一二月一六日の株式総会の決議により一株の額面五〇〇円が五〇〇〇円と変更され、次で新旧株券の交換がなされたが、申請人らからは旧株券の提出がないためその新株券を被申請会社で保管していたところ、被申請会社は昭和四一年一二月九日前記惣次郎らの主張を認めて右新株券を引渡し、株主名簿上も同人らを株主とした。更に申請人らは、前記惣次郎らが昭和四一年一二月八日申請人らに提起した本件株式の所有権確認請求訴訟で、その所有権を争わない旨の陳述をし、訴の取下に同意しているのであるから、信義則上も右惣次郎らの権利を争うことはできない。以上のとおり申請人らは被申請会社の株主でなく、その株券を保有する者でもないから、買取請求権を行使又はこれを維持することはできない。

3  原決定の株価の算定は不当である。

イ  原決定の採用した国税庁長官基本通達にいう同族株主は、株式の譲渡人でなく譲受人を指すものであり、又所謂同族株主とは会社の支配権を有する株主をいうものであるところ、被申請会社でのかかる支配的株主は前田惣次郎、その妻シヅ、その子敬三(現代表取締役)、三郎(取締役)、博(同)、惣之介(同)らであり、申請人らは右惣次郎らの親族であるが、同人らの提案した株式譲渡に関する本件定款変更の決議にも敗れたもので、前記惣次郎らのグループにあつたものではない。

ロ  価格変動準備金、買換資産特別引当金の負債性を否定するにせよ、原決定がこれらを借方資産の部に加算する一方、貸方負債の部から控除したことは、二重の評価で誤りである。

ハ  利益金額零とは収支相つぐなつている会社の場合のことであるところ、被申請会社は昭和四〇年度以降欠損を出しているのであるから、利益金額は零でなくマイナスにすべきである。

ニ  申請人勝巳は旭馬会会員であり、又申請人らの本件株式は既述のとおり惣次郎らから贈与をうけたもので、その払込をしていない点では他の会員所有の功労株も同じであるから、本件の場合にもこれら会員の株式譲渡を先例として考慮すべきである。

ホ  被申請会社の類似業種の上場会社として森永製菓等一六社があるが、被申請会社とはその営業の規模、方法、製造品種等に相違がある上、いずれも被申請会社のような欠損無配のない健全会社であるから、その株式の市場価格を本件株式の流通価格に置きかえることは不合理である。

ヘ  株式の価格決定の第一の要因は、その会社のもつ収益力と資産価値にあるところ、原決定は純資産価格の割出に急で収益力の点を殆んど考慮していない。

当裁判所の判断

被申請会社の営業目的、資本金、発行済株式総数、一株の額面金額、申請人らの株式所有権及び被申請会社の株式譲渡制限のための定款変更決議による株式買取請求権の行使、買取価格の協議の不調、株価決定事件の非訟事件性と株式所有権の帰属についての争い、被申請会社の株式取引の先例と株価算定の基準及び方式、被申請会社における申請人らの同族株主性、被申請会社の貸借対照表掲記の各種引当金、準備金の資産性負債性等についての当裁判所の判断は、左に補足するほかは、原決定理由中に説示するところ(二枚目表九行目から一五枚目裏末行目まで。但し一四枚目表一〇行目の「かつまた」から同一二行目の「争いがないのであり」までを削る。)と同一であるから、これを引用する。

一、株式買取価格の決定は、当事者の協議不調の場合に申立によつてなされるものであるが、その性質は客観的に定まつていた過去の株価の確認といつたものでなく、裁判所が既存の株主権について、その譲渡制限決議の影響を排除した公正な株式価格を形成するものであり、右裁判は裁判所の監督的後見的立場からその合理的裁量により、当事者の主張立証に拘束されることなく、諸般の事情を斟酌してなされるものであるから、本件を非訟事件手続法によつて審理裁判することに被申請人主張のような憲法違反はない。

二、申請人らが本件株式譲渡制限決議及び買取請求当時、被申請会社に対抗しうる本件各株式の所有者で、右買取請求権の行使により申請人らと被申請会社との間にこれら株式の売買契約が成立したことは、一件記録特に申請人らに対する株主総会招集通知書、原審での申請人前田勝巳、被申請会社取締役前田三郎(第一回)各審問の結果からも明らかである。そして申請人らの権利行使による買取価格決定の申請が許されなくなつたとするような事情を認めるに足りる証拠はない。

三、旭馬会の会則九条は本件以前に改正され、会員間の株式譲渡価格を額面価格とすること、及びその適用の範囲を会則所定の功労株に限ることを規定し、申請人らの本件株式には適用されないものであることが記録上認められるから、同条による株式譲渡を本件買取請求の場合の取引の先例とすることはもとより、改正前の会則によつて本件株価の算定をすることも相当でない。

四、記録から認められる申請人らと前田惣次郎との身分関係、同人一族の被申請会社における地位及びその保有する株式の数、申請人らの本件株式が前記身分関係に基づき惣次郎らから割当又は譲渡をうけたものであること、等の諸事情に照らすと、申請人らが所謂同族株主として被申請会社の支配的グループに属していたことは明らかであり、会社経営等について他の一族と意見を異にしたことがあつたからといつて、直ちにこれが左右されるものではない。

そこで被申請会社の昭和四一年七月二〇日付貸借対照表(右記載を特に不当視すべき資料はない)に基づいてその純資産額を計算すると、その総資産額は右貸借対照表借方資産のうち財産目録資産の部掲記の合計金額一〇億四〇八五万三一二五円(二二二丁)であり、総負債額は同貸方負債のうち財産目録負債の部掲記の合計金額四億〇九三六万五二五七円(二二三丁)に、貸借対照表掲記の納税引当金一六八万四二三〇円、貸倒準備金一二四万六七二四円、貸倒引当金三四六万四四一一円、退職給与引当金一三九八万五六九二円を加算した四億二九七四万六三一四円とすべきであるから、前記純資産額は右総資産額から総負債額を差引いた六億一一一〇万六八一一円である。(価格変動準備金及び買換資産特別引当金は、前記引用部分に説示するとおり留保利益の性質をもち、又本来貸借対照表記載の資産中に内包されているものであるから、叙上控除の対象たる負債からは除外するが、これを更に右資産額に加算することはできない。)

したがつて一株(額面金五〇〇〇円)当りの純資産額は、金六億一一一〇万六八一一円を発行済株式数三万六四〇〇株で除した金一万六七八八円となる。

次に被申請会社の一株当りの配当金額、類似会社の株式の平均市場価格、一株当りの平均配当金額、利益金額、及び純資産額等についての当裁判所の認定は、原決定一六枚目裏一行目から末行目まで、及び一七枚目表四行目から同裏九行目までと同一であるから、これを引用する。

ところで被申請会社の一株当りの利益金額については、前掲基本通達(三〇三丁)に従いこれを零とすることは、収支相つぐなう会社と欠損を出している会社を結果的に同一に扱うことになり、本件のような株式買取価格算定の場合の評価基準としては不適当と考えられるので、右通達にとらわれず、被申請会社の昭和四一年度における欠損金八三八八万〇八八六円を発行済株式数三万六四〇〇株で除した金二三〇四円を、前記利益金額のマイナス数値とするのが相当である。

なお前記引用部分掲記の類似会社が被申請会社のような欠損会社でなく、又営業の規模方法等に相違点があつたとしても、完全に被申請会社と同種同等の会社を求めるのは実際上不可能なことであつて、他に適当な類似会社がある等の特段の事情の認められない本件では、前叙平均値と被申請会社のそれとの比率によつて株価を算定する既述の方式は、少くとも次善の策として容認されるべきものといわねばならない。

そこで、被申請会社及び類似会社の以上の各数値を前掲の算式にあてはめ計算(額面金五〇円として)すると、右1、2の算式はそれぞれ

<省略>

となる(四捨五入)。

そうすると本件株式の価格は、前掲基本通達に従つてその低い方の数値をとり、これを額面金五〇〇〇円に引き直した一株金五五七九円とするのが相当であるから、これをもつて本件買取価格と定めることとする。

よつてこれと異る原決定を右のとおりに変更し、申請費用及び抗告費用はこれを二分し、各その一を申請人ら及び被申請人にそれぞれ負担させることにして、主文のとおり決定する。

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